チャイコフスキー「秋の歌」

 ピアノの曲に「四季」という12曲からなる作品がある。副題が「12の性格的描写」。チャイコフスキーが35・6歳の頃の作品だ。音楽雑誌の企画で依頼され、毎月の季節感をうたったロシアの詩人の作品と、その性格を描写したピアノ曲とのコラボレーションが連載されたのだという。1875年からのことであった。日本でいえば明治8年、同志社英学校が開学だったり、福沢諭吉文明論之概略が刊行されたりといった頃だ。近代日本が懸命に形を整えるべく奮闘する頃、大帝国ロシアにあっても実はようやく自前の音楽確立の途上であった。そんな中での一種のポピュラーミュージック的と言ってもよいピアノ曲の雑誌を通じた全国展開である。

 1月から始まるその曲集の10月が「秋の歌」である。秋とは言ってもただの秋ではない。ことはなんといってもロシアの秋である。やがて訪れる冬将軍とも呼ばれる季節を待つ気持ちは日本とはまるで違うだろう。それをチャイコフスキーはここまで美しく歌う。曲の冒頭に指定された記号は次の通りだ。≪Andante doloroso e molto cantabile≫ ―― 要するにアンダンテ・カンタービレではあるのだが、更に「doloroso (悲しく)」や「e molto (そして、非常に)」の語が付け加えられている。この指定が曲の心を表している。言うならばセンチメンタルの極致である。このセンチメンタルに徹するというのもロシア音楽の一つの性格だろう。その背景には風土の厳しさや強烈な季節の変化がもたらす感情の振幅の大きさがあるのだろうと思う。内にマグマを秘めた感傷である。地中に沈んで行くように、静かに、この曲は消えて行く。最後の音符につけられた強弱記号はなんと「PPPP」である。