煙が目にしみる

 Youtubeをウロウロしていたらこんな掘り出し物に出くわした。スタンダード

ナンバーとしてお馴染みの「Smoku Gets In Your Eyes」なのだが、これをロシア

のイーゴリ・フロロフが2台のヴァイオリンのためにアレンジしたもの。原曲の

メロディの品の良さを生かして見事にセレナードと化した。もとのメロディ自体

が広い音域を動きながらも何かこう気持ちの揺れ動きを抑制を利かせて表現する

趣があるのだけれどここではそれをしみじみと語るようで深い。

 タイトルにある「煙」を子供の頃はずっと勘違いしていて、煙草を咥えたハン

フリー・ボガードみたいなハードボイルドっぽいイメージの歌かと思っていた。

実際にラッキーストライクのCMにも使われたのでそういうイメージを持っている

人はけっこういるようだし、まあそういう風に思わせるタイトルではある。

 実のところは失恋の歌。ハートに燃えていた愛の炎が消えて煙が出てる。私の

この涙はその煙が目に染みてるだけなのよ、といった具合の歌詞のようだ。前半

と後半では煙の意味が反転するのが切ない。

 イーゴリ・フロロフの作品集ということでNAXOSから出ているCDに収められて

いる演奏だがピアノのイントロから気持ちよく引き込まれる。

youtu.be

 ジェローム・カーンの作品の多くがスタンダードナンバーとして知られるが

All the Things You Are、Yesterdays、Ol’ Man River などが名高いところ。どれも

素養に裏付けられた骨組みのしっかりとした作りで、ミュージシャンにとって

は取り上げるのに覚悟が要る手ごわい素材だ。

 この曲が作られたのは1933年。当時のお約束でシートミュージックとして

楽譜が売り出されている。それによる演奏がこれ。オリジナルのアレンジ自体が

もうサロンミュージックである。作曲者の背景に19世紀のロマン派音楽の語法

があるのがよくわかる。動画の楽譜もだいぶ貫禄がついて時代を感じさせる。

youtu.be

 なお、この1933年、お気楽なように見えるがドイツではナチスが台頭し、

日本は国際連盟を脱退し華北あたりでは情勢不穏、アインシュタインアメリ

に亡命するなど、歴史の大きな動きのあった年だった。そうだったんだなあと

改めて感慨が湧く。人が音楽に何を求めていたか。

 気を取り直して、心穏やかになりたいときはナットキングコールがいい。

youtu.be

 それにしても日本語タイトルを「煙が目にしみる」と訳したのは上手いなあ。