音楽のエッセンス

 「An die Musik」 というシューベルト二十歳のときの作品がある。古くから「楽に寄す」の題で親しまれている歌曲。ほんとうに短くささやかなのに、音楽の持つ力を静かに、しかし確かに伝えてくる。詩は友人のフランツ・フォン・ショーバーのもの。同じフランツという名前なのが面白い。こちらはスウェーデンの貴族出身でずいぶんシューベルトの面倒をみたようだ。この時期にはハイクラスのサロンに出入りし、自作の歌曲でずいぶん名を上げることができたという。生涯の中でも上り坂にある頃だったらしい。

 題を含めていろいろな訳がある。その中でも格調ある堀内敬三の訳詩を載せたい。

 

    1 楽の音 わがなやむとき

      心をおとずれては

      あたたかき愛を充てつつ

      清らかなる境に わが身をともないぬ

 

    2 妙なる琴のひびきの

      さやかに鳴りわたれば

      この世にも天つ幸あり

      くすしきかな楽の音 とうとしや楽の音 

 

 心穏やかに眠りたい。あれやこれやの思い煩うことはひとまず仕舞って、すやすやと夢路を辿りたい。そんなときには、音楽としての底力をきちんと持ったこんな曲に身を委ねるのがいい。どっしりと受け止めてくれる懐の深さがあるではないか。

 

 シューベルトの「 An die Musik 」 自筆譜を見る。きれいだなあと思う。殆ど書き直しのない人のようだ。これで見ると原調はニ長調のようだ。

 

 

 そして、映画『仮面の中のアリア』の中で、ホセ・ファン・ダムが歌うシーン。歌に託す心がひたひたと迫る。