シールマンスのハーモニカ・ジャズ

 ハーモニカでジャズというと正統にあらずの扱いかもしれない。いやこの楽器自体が必ずしも正当に評価されているとは言えないところもある。マイナーで簡便な楽器だと思われているようだ。記憶を辿ると小学校1年生でまず持たされたのがハーモニカだ。正直あまり面白くなかった。どことなく「サビシイ」楽器だなあとの記憶が残る。半音が出せない楽器だったせいもあるかもしれない。ネジに目をつけ、吹くよりも分解して中をいじりまわす方が面白かった。そうしてるうちに音が出なくなって兄のお下がりを使うはめになった。それでなお敬遠気味に。後にフォークソングの連中が首にホルダーをつけ、ギターと一緒に使っていたのを見るようになってもその印象はあまり変わらなかった。キーごとに使い分けるブルースハープというものであったと思うが、それもいちいち面倒なものだなあと思うばかりだった。結局大した演奏を聴いてなかったんだなと今にして思う。

 そのどこか「影の薄い」印象をきれいさっぱりとぬぐい去ったのが映画「ゲッタウエイ」の音楽だった。クインシー・ジョーンズの音楽で目からウロコだったのだ。スティーブ・マックィーンが、ペキンパー監督作品の常連だったジェリー・フィールディングからクインシーに差し替えさせたのだというから、マックィーンのセンスもさすがである。そのクインシーが用いたのがトゥーツ・シールマンスである。1972年のこの映画で触れるまで、ハーモニカでジャズというのはおよそ想像の外であった。映画の印象ともあいまって、ぴたりとはまったそのサウンドが忘れられない。改めて聴くと音数は少なく全体に控え目ではあるがスコアの中におさまって映画の背景をしっかりと作っているのだと分かる。

 シールマンスは1922年生まれの91歳。いまなお現役のジャズ・ミュージシャンである。ハーモニカは吸っても吐いても息が音になるから体にいいんですかね。ベルギー出身で、ギターとハーモニカで演奏活動をしていたが、1950年のベニー・グッドマンのヨーロッパツァーに参加した後、52年に渡米した。「彼はハーモニカを『楽器』にした」、とクリフォード・ブラウンに賞賛されという。チャーリー・パーカージョージ・シアリングをはじめ、これまでのジャズの歴史を作ったあらゆる大物との共演を果たしてきたのも凄いことなのだが、その音、音楽の「heart warming」であることが何よりも人を惹きつけるのだろう。ヴァイオリンのステファン・グラッペリもそうだが、よく歳を重ねてきた老ミュージシャンはなんとも言えない魅力を放つ。 

 1962年に「Bluesette」(邦題:木陰にて)を作曲、ギターと口笛の一人ユニゾンで大ヒット。3拍子のジャズ・ワルツ、24小節で作られている。が、テンポの感覚からすると12小節のブルースのように聴こえる。コード進行も一筋縄でいかない仕掛けがされている。意外に人を食ったところがあるようだ。

 これがそのギターと口笛の一人ユニゾン。軽妙洒脱とはこのことかと思うプレイではないか。

 そしてこれはそのハーモニカ版。2009年だから87歳であります。

 もうひとつ、ビル・エヴァンスとの共演盤がある。1979年の「Affinity」から「Body & Soul」。文句なしの音楽である。クロマチック・ハーモニカがほしくなった。