恐れ入りましてございます―その2

 去年、遅まきながらインターネットラジオ対応のレシーバーに替えたので聴ける音楽の幅がぐんと広がった。ジャンルを問わず局の数が呆然とするほど多いのだが、あちらこちら試した後いくつかの「お気にいり」に落ち着いた。その一つが「ラジオ・スイス・クラシック」で、これは珍しいことに一曲終わるごとに曲名をアナウンスしてくれる。たいていの局は、さながら「源泉かけ流し」でこちらはその中にトプンと入るだけになるから「あーいい湯だなあ」にはなるが、はて今の曲は何?となる。曲名のアナウンスがあるのはまことにありがたい。とは言うものの、この局は名前のとおりスイスからの放送だからアナウンスはドイツ語である。推測するに、今のは●○の●●●●って曲を●○の演奏で聴かせたのである、らしきことを言っているのだろうとは思う。

 

 本を読みながらラジオでも、とスイッチを入れてバッファリングと再生を待つことややしばし、たいてい、曲は途中から流れ出す。CDで聴くのとはそこが違うのだが、それだけ思いがけない遭遇がある。今思えば、曲の中盤からだったようだが、ピアノとオーケストラが快調なノリでぐんぐん進んでいる。とりわけピアノが溌剌とした朗らかな具合の曲であった。え、これ何だ?と気になりだしたが、雰囲気がショパンのようでもあり、しかも浮かび上がるメロディがモーツアルトドン・ジョヴァンニのアリアのようである。すごくカッコいいではないか。初めは近頃の作曲家がショパン風に書いた曲かと思ったくらいである。知らないということは恐ろしいが、初めて聴いたのだからしょうがない。ただポカンとこれなんだべとあっけにとられていた。そして曲は終わった。ピアノの華やかさに対してオーケストラはあっさりとしたものであった。一呼吸おいて、スイスの傭兵のようなクールなアナウンスが続いた。ショパンである、モーツアルトである、クラウディオ・アラウである、と言った・・・ようだなあ。これは自分で謎を解かねばならない。そこで、すぐさまネットに入り込んで頑張り、探りあてたのが「ラ・チ・ダーレム・ラ・マーノによる変奏曲 変ロ長調 作品2」であった。やっぱりショパンでもありモーツアルトでもあった。モーツアルトの畑で採れたメロディをショパンが料理した。それも極上の味付けである。注目すべきは作品番号だ。なんと2番である。17歳のショパンの作品であった。恐るべき17歳ではないか。少なくともピアノの部分について言えば、すでにショパンそのものがそこにある。若き騎士が颯爽と駆け抜ける趣きがあるではないか。調べるとオーケストレーションが未熟だとかの御意見の方もおられるけれど、それには「ふん」と言いたい。ここにいる17歳のショパンに老大家の円熟した管弦楽書法を、あるいは作曲教師の確実さを求めてどうするというのだろう。作らない人間の嫉妬がそこにあると言いたいくらいだ。

 これはピアノのために書いた曲である。まさに才能が迸り出ているではないか。ピアノに愛され、歩きだした天才に瑕疵を見出して喜びを感じるのは陰険というものである。そこへ行くとシューマンは偉いぞ。この作品の楽譜を見ただけで「諸君、脱帽したまえ、天才だ」と語ったというではないか。その言に従い、ただただ恐れ入りましたと脱帽しよう。

 

 曲の正体が分かり演奏者も分かったところで、早速アマゾンに注文してCDを翌日には手に入れた。アラウとロンドンフィルハーモニーだからラジオで聴いたのと同じ。ショパンが書いたピアノとオーケストラのため作品全部入った2枚組であった。その音源を使ったと思しき動画がユーチューブにあったので埋め込んでみた。約20分、よろしかったら御耳を拝借。