雨の土曜日

 ここのところずっと真夏日の連続で閉口した。梅雨開けどころか入りもしない内だったから体がついていかない。途中で旨いビールを飲んでどうにか持ちこたえたのであった。ともかく、「あーくたびれた」の一週間がようやく過ぎて、今日は朝からしっとりと雨模様。なんだかほっと一息である。どうやら人間は全身で呼吸しているのだなと実感。

 

 炎熱でしおれた体と心をなんとかせねば。大事な休日がもったいない。歌でも歌ってここは再起動だ、と水遣り代りの曲を探して楽譜をひょいと開いたら、なんと朝から「スターダスト」であった。一気に夜の気分もどうかと思ったがとびっきりのいい曲であることは間違いない。ホーギー・カーマイケルが1927年に作った。詞は2年後にミッチェル・パリッシュが付けた。以来の大ヒットでスタンダードナンバーの代表選手である。「20世紀に最も多く録音された曲の一つ」だそうで1500回以上だとの記録がある。1927年の本人によるオリジナル録音が、2004年に National Recording Registry に登録されたというからアメリカの重要文化財だ。因みにこのホーギー・カーマイケルは「ジョージア・オン・マイ・マインド」の作曲者でもある。ずっとレイ・チャールスのオリジナル曲だとばかり思っていたのは実に実に迂闊であった。そう思わせるくらい曲との一体感があるのだもの、というのは負け惜しみ。

 「スターダスト」作曲の経緯は有名なエピソードだから今更書くのも気が引けるが、ほとんど即興的にできた曲であったとのことである。ある夏の夜、母校インディアナ大学を訪れキャンパスで星空を仰ぎ見て学生時代の思い出にひたっていた。かつての恋人ドロシー・ケイトの面影が浮かんでくる。彼が故郷を離れニューヨークやフロリダで過ごしている間に待ち切れずに他の男と結婚していた。難しいものだなあ、切ないことだなあ、と思いにふける自分が口笛でメロディを繰り返しているのに気付いた。何度も何度も。こうなればドロシーよりメロディが大事。近くのカフェに飛び込み、店のおんぼろピアノで仕上げた。これがスターダスト誕生の伝説。でも、この年の10月の初録音や翌年のものはヒットせず、ようやく29年の再録音が翌年にヒット。更に歌詞が付いてビング・クロスビールイ・アームストロングが歌ったレコードが31年に大ヒット。以来、ザ・スタンダードとも言うべき地位にある曲となった。恋の成就があれば生まれなかったのだから、ドロシーの功績まことに大である。めでたしめでたし。

 

 日本では、スターダストと言えば我らの世代にとっては「シャボン玉ホリデー」である。ザ・ピーナッツがクロージングに歌い、そこにハナ肇がちょっかいを出し肘鉄を見舞われるというお決まりのシーンがあった。日曜日の夜6時半からのお楽しみ。ホーギー・カーマイケルは一度来日したことがあり、その時に、このシャボン玉ホリデーの楽屋にザ・ピーナッツに会いに行ったとの話が伝えられている。 この件の記述が村上春樹の「ポートレイト・イン・ジャズ」の中、ホーギー・カーマイケルの項にある。

 それはいいのだが、文中に若干の「?」を覚える箇所がある。抜き書きで引用すると「・・・カーマイケルは1920年代に、インディアナ大学で法学を専攻するかたわらカレッジ・ジャズ・バンドを率いていたのだが、たまたまインディアナ大学に演奏旅行に来たビックス・バイダーベックと出会ってすっかり意気投合し、勉強なんか放り捨ててそのままプロミュージシャンになった。天才ビックスは・・・・・おそろしく破滅的(かつ魅力的)な人生を送っていた人で・・・・・そんなすごいのを一度見ちゃったら、大学の勉強なんてかったるくてやっていられないもの。・・・」とあるのだが、少々事実と異なるのではなかろうかと、ノーベル賞作家に対して不遜ながら異議の申し立てであります。日本の大学と一緒にしちゃあいけません。カーマイケルは決して勉強ほっぽり出したりはしていない。ピアノで学費を稼ぎながら1925年インディアナ大学を卒業、更に翌年、同大学ブルーミントン校ロー・スクールを卒業し学位取得した。たしかに在学中に作曲をはじめプロとしての活動もしているが、卒業後はマイアミ州やインディアナ州で弁護士の仕事をしている。その稼業を辞めて音楽に専念することになったのが1927年、スターダストの年であったということになる。カーマイケルは裕福に育った訳でもなく、ハイスクールの頃にもオートバイのチェーン工場や食肉工場で働いたりしているのだから、文豪の書いてるように「・・・まだ世間をよく知らないカレッジボーイのお坊ちゃんホーギー君は、・・・」とは言えなかろうと愚考する次第であります。ハルキ君けち付けてごめんね。

 

 この歌、ちゃんと歌えるようになりたいものです。オリジナルはこんなテンポだったんだなあ。

 

 

 歌なしのピアノだけ。これがそもそものオリジナルということになる。これも、本人の演奏。さすがに味わい深くいい感じです。