服部正也著『ルワンダ中央銀行総裁日記』

 今から40年前、1972年初版の中公新書。同年に毎日出版文化賞を受賞した。その後1990年以後のルワンダ動乱に伴う虐殺や大量難民の状況などをめぐる欧米メディアの報道姿勢とそれに追随する日本の報道への疑問を述べた論考「ルワンダ動乱は正しく伝えられているか」他を加え、2009年に増補版として発行されたものである。

 出版当初より高い評価を受けたとはいえ時代の流れの中でいわば過去の名著としてカタログに収まっていた。それを、今こそ読まれるべきである、と増補版発行の企画にあたったのは「冒険企画局」なる若きクリエーター集団であったという。自分たちが生まれていたかどうかというくらいの年に出版された本に大きな価値を見出し、今一度光を当てなおした努力は賞賛に値する。この復刻により、著者である服部正也氏の人物像に若い世代も触れることができた。

 後に日本人として初の世界銀行副総裁を務めた服部正也氏は、1965年からの6年間、当時の日本では知る人も少なかったアフリカ中央の小国ルワンダ中央銀行総裁として赴任した。その孤軍奮闘の記録である。ベルギーの植民地支配からの独立は1962年。国内にあっては根強い部族間対立、法的財政的人的物理的等あらゆるインフラの不備、対外的にはヨーロッパ諸国を中心とする産業及び経済財政の実質的支配、など手のつけようもない状況であった。その、まさにカオスともいうべきサハラより南のアフリカ諸国の中でも最も貧しい国に、IMFからの要請で日本銀行から派遣されるのである。民情に即し自助自立を何よりも重要とする姿勢が大統領の信任につながり、国そのものの基盤を造る大普請に、諸外国の干渉と渡り合いながら邁進する六年間の経緯が淡々と静かな迫力をもって綴られている。

 

 読み始めると誰しもが引き込まれることだろう。立ち向かうべき問題の困難さ多様さ、それらをどう捌いて行くか、その波乱万丈の顛末だけではない。日本にこれほどの人物がいたということへの誇りが湧いてくる。今こそこういう人物がほしいとも思う。いやきっと今もいるのだと信じる気持ちも湧いてくる。仕事、とりわけ公の仕事をするというのはこういうことなのだと得心もする。政治家の票稼ぎの下働きなどという矮小なものではないのだと。多くの人にぜひとも読んでいただきたい。引用したい箇所が至るところにあるのだが、全体を貫く力強さを損ないたくない。ただ、最終章Ⅷに「六年間をふりかえって」と、次の記述があるのでこれだけは引いておく。

 「私のルワンダの六年間はじつに私にとって実りの多いものであった。まず一国の経済再建を企画することは、まことに男としての欣快事である。しかも私はその計画の実行に積極的に参加し、その成果を見る幸運に恵まれたのである。自分の仕事が三百万の人の幸福に直接つながるという実感をもって働けることは、これほど幸福なことはない。」

 また、こうも述べている。

 「私は戦に勝つのは兵の強さであり、戦に負けるのは将の弱さであると固く信じている。私はこの考えをルワンダにあてはめた。・・・・・・・・・途上国の発展を阻む最大の障害は人の問題であるが、その発展の最大の要素もまた人なのである。」

 これが結びの言葉である。通り一遍ではない。終戦を海軍大尉としてラバウルで迎え、引き続きラバウル戦犯裁判弁護人としてその任にあたった服部正也氏の衷心からの重い言葉である。