即興曲

 シューベルトに「Impromptus」という名のピアノ曲集がある。4曲ずつの二組、作品番号では90と142となっている。中では90の2番と4番が広く親しまれている。ピアノを習うと決まって練習することになる曲だからだ。よく用いられる全音の楽譜の学習体系では中級用で第三課程にランキング。小学生のときくらいに弾いたりするので、大人になると「ああオレやったことあるよ」くらいの扱いで片付けられがちだ。でも、その程度の軽くて薄い音楽だろうか。技術的難易度で音楽の質は測れないのに。どうも教える側にそうした見方が根強くあるような気がする。技術的に高度で長大な難曲を尊ぶ傾向だ。それはそれでチャレンジングではあるが、難曲探検隊になってはいけないだろう。心に即した音楽というものがまずじっくりと育てられなくてはならない。

 

 即興曲と訳されているこの題名は、作品90の初めの2曲を出版したハスリンガーの案であったという。シューベルト本人もこの題名が気に入り、作品142では自ら「4つの即興曲」としている。どちらも1827年の作曲であるが、その年に出版されたのは90の方の1番と2番だけ。残った3番と4番は1857年にようやく出版された。死後ほぼ30年である。

 

 さて、「即興」という言葉だが、ジャズでも同じような言葉を使う。ad libである。でもちょっと意味合いの違いがある。ジャズの場合の、テーマとなる曲のメロディやコード進行の枠組みの中で即興的に演奏する一回性が勝負なのとは違って、ある楽想を心の奥底から湧き出るままに自由な扱いで書き取ったたというのがシューベルトである。だから「即興曲」という題名が気に入ったのだろう。当時の中心的な音楽形式で、古典派音楽の代名詞のような「ソナタ」は短い動機をもとにメロディを組み立てたり、それをさらにパーツに分解して構成していく。第1主題と第2主題の議論のような音楽である。即興曲はそれとは対照的だ。ある音楽的感情を率直に自分の話し方で表現することを持ち味とする。一輪の花のようである。メロディが湧き出て止まない歌心の人シューベルトの本領がよく表れている。この即興曲のスタイルは、ロマン派のピアノ曲の特徴でもありサロンの花形ともなる「キャラクター・ピース(性格小品)」の先駆けとなった。同じく即興曲の題名ではショパンも4曲書いているが、シューべルトよりもだいぶ構成的になる。バラードやノクターンのような奥行きを持っているのでやはりそこには作曲家の個性の違いが表れている。

 

 あらためて書くとシューベルトの生涯は1797~1828年である。二組の即興曲は死の前年、病気に苦しみながらの晩年の作なのだ。一体にシューベルトの音楽は不当に扱われる傾向があるのだが、この即興曲を「ピアノのお稽古」のひとコマで済ませてしまうのは惜しい。とりわけ作品90の3番は貴重な曲である。品位高く、抑えられた悲しみや怒り、そうしたものを中に持っているように思えてならない。

 これはケンプの演奏。他のピアニストに比べるとゆっくり目である。それだけ内声の動きが対話のように聴こえてくるのがいい。大人の音楽だと思う。