2本の指であざやかピアノ

 ピアノは両手で弾くのが一般。山下洋輔式フリージャズの「肘打ち」や「拳ばしばし」「ピアノに火付け」は例外的奏法であって、普通は人間的に合わせて10本の指で行儀よく弾く。それでことは丸く収まるのである。しかし、この人を見よ。ライオネル・ハンプトンである。御存知ヴァイブラフォンの大先達にして巨匠であるが、マレット2本を左右の手の指各1本に置き換えてピアノを弾いてしまうのだ。考えてみればどちらも鍵盤楽器。鍵盤の幅こそ違えど配列は同じだ。何の不思議があろう、マレットの丸々とした頭を愛すべき指の頭に変換するだけのことである。と言うのは理屈。他にそういうことをする人は(多分)いないからやっぱり相当の芸当である。

 

 ここで聴けるのがその必殺2本指奏法。1941年のRCA盤で、ハンプのショーマンシップ横溢である。この人はドラムも叩くし歌も歌う。踊る、騒ぐ、ステージから飛び降りる、早い話、受ければ何でもやるという徹底したショーマンである。彼の楽団からは多くの才能ある若者が巣立つのだが、かといって人格的に優れたリーダーであるかと言えば「勿論」そんなことはまるでない。興業収入はあらかた自分の懐に入れ、楽団員には薄給を強いて平気である。「オレがルールだ」である。他にいい話が出てきたメンバーも不利な契約書があり抜けられない。メンバーとの約束なんか気にもしない。ダイナ・ワシントンはハンプの理不尽な数々の約束破りに腹を立て、ある時、遂に強硬手段に出た。ショーの後でハンプトンがダイナをひどく罵った。彼女は部屋に行きピストルを持って降りてきた。そして「ほざきやがれって言ったよな、あんた」と彼女は言って、ピストルを彼の鼻に押しつけた。ハンプの髪は緑色になった(と目撃者談―嬉しそうに)。彼は楽屋に逃げ込み、夫人でマネージャーのグラディスが来るまで出てこなかった。駆けつけた「かーちゃん」にハンプが顛末を訴えると、グラディスはダイナの契約書をその場で破棄した。「10年間」週給75ドルで働くという契約書だった。ダイナはその頃、週給350ドルでブロードウエイに出ないかという話があったのだが件の契約書に縛られて動けずにいたのだった。見事に、ダイナは一発も撃たずに道を切り開いたのだった。ライオネル・ハンプトンは、まあそんな感じで困ったお山の大将。

 さて、曲名は「Central Avenue Breakdown」。補足を申せば、ハンプのメロディラインを支えているブギウギのリズム、これを弾いているのはなんと「ナット・キング・コール」大先生だそうであります。そのリズムに乗って軽快に陽気にエネルギッシュに弾きまくるハンプのピアノ。2本指奏法、聴けばなるほどだ。これはヴァイブラフォンのメロディラインだなあと納得である。