ナベサダのリハーサル

 ナベサダなどと気安く呼んでゴメンナサイであります。日本のジャズのやっぱりナンバーワン渡辺貞夫。小さい頃は「だあちゃん」と呼ばれ、プロになってからはジャズの世界の習いで名前をひっくり返して「サダナベ」、そしてバークリー音楽院留学から帰ってからは「ナベサダ」で定着。本人は「アベサダ」のようでちょっとなあ、でもまあいいか・・・ということらしい。あるラジオ番組でのインタビューでそう語っているのだが、そのなかでミュージシャンにとって大切なものは?と問われて「人柄かなあ」と答えているのが印象深い。

 「人柄が悪くても上手いのはいっぱいいるけど、やっぱりそれじゃあ好きになれないでしょう」と。これは別に純真で無垢でセイントのようなのが良い、などと言っている訳ではなくて「開かれた心」「柔らかな心」の持ち主ということだろう。カタカナでいうなら「オープン・マインド」だろうか。ナベサダ自身の数多くのミュージシャンとのそれこそ数えきれない共演経験からくる言葉なのでその意味合いはちょっと計り知れないものがあるような気がする。18歳の頃からプロの現場に入り、守安祥太郎、宮澤昭、秋吉敏子などの先達の中で鍛えられ、80歳を超えてなお現役の人の言葉。ビバップ、ボサノバ、フュージョン・・・・と常に音楽の世界を広げてきたナベサダにとって「こんなもんでいいだろう」という一歩引いた思考は縁がなさそうだ。音楽は人をハッピーにするものでなくてはという信念が原動力になっているのだろうとも思う。

 ジャズでは一人でというのは少なく、メンバーを集めてセッションをするというのがよくある形だから、「誰と」ということや、その結果として全員の音や演奏スタイルが合わさって生まれるサウンドが問題になる。当然波長の合うメンバーを集めなくてはならない。これは直観ですからね。理屈ではない。まして世間の評判などは利益がらみだからなお信用ならない。頼りになるのは聴こえる音に何が表れているかを受信する力である。ナベサダはそれを「好きになる」と言っているのだろう。

 そうして集まったメンバーでのリハーサルである。ちょっと古いがドキュメンタリーを見つけた。テレビ番組のようだ。ナベサダのコメントが時々聞けるのがなかなかいい。中で「ほう」と思ったのがアメリカのミュージシャンについて「彼らは不器用だ」と言っていることだ。これは練習するということの意味を考えさせる。表現するという目的を達成するための、それにつながることを常に意識した練習なのだということである。音を出すということは練習であろうといつでも表現なのだし、また、目指すものは自分のレベルの変化と共に常に先へ行く。終わりはないのだ。楽しみもまたそこにあるよと。

 1984年のツアーのためのリハーサル。メンバーは次の通り。なんと豪華なものではないか。

      Sadao Watanabe     Ralph MacDonald     Steve Gadd

      Eric Gale         Richard Tee        Will Lee

      Rob Mounsey

 ハイレベルなリハーサルの雰囲気。2つ目の終わりの方でリードを選ぶシーンがあるが、がらりと音が変わるのが面白いし、アンブシュアの柔らかさがよく見えて流石に一流と感心してしまった。色々な意味で貴重な記録である。

 ライブの演奏も一つ。1991年、58歳のバリバリのプレイです。曲は「I 'm Old Fashioned」