フリューゲルホーンの魅力、そしてセルゲイ・ナカリャコフとの遭遇

 昨夜は日付が変わらないうちに記事を上げようと焦ってしまい、少々

物足りないままに片づけてしまった。なにが物足りないのかと言うと、

それはフリューゲルホーンのこと。フリューゲルホルンと呼ばれるのを

よく聞くのだが何となく「ホーン」という方がこの楽器の持ち味に合う

ような気が勝手にしているので敢えてホーンで押し通してまいります。

 で、問題は呼び方とかそんなことよりも「音」なのである。この楽器、

トランペット奏者が持ち替えで使うことが多いので、サブ楽器のような

イメージを持たれるが、いやいや決してそのようなものではない。確か

に出自を見ると1830年頃にオーストリアで生まれたとか、フランス

のアドルフ・サックスが特許を取ったサクソルンが本物だとかルーツに

ついて取沙汰されるのでトランペットのようにシュッとして澄ましては

いない。やはりどこか陰影に富んだ苦労人の面影を持つ楽器だ。無意味

に柔らかな音を持つわけではない。気楽に吹きっぱなすような楽器では

ないのだ。

 

 楽器の構造を言い出すとそれはもう音響学の世話にならなくてはいけ

なくなるので大概にするが、このフリューゲルホーンとトランペットの

違いの一番大きな点は管の形状。どちらもあのぐるぐる巻きを伸ばした

管の長さは、例えばB管の場合は130cmほどで変わらない。そして

息の入り口から出口の朝顔に向かって開いていくのもラッパだから同じ

なのだが、その開いていきっぷりが違っている。円筒形から円錐形にと

推移するその比率が違っている。円筒形部分と円錐形部分の比を見ると

トランペットはほぼ1:1、一方のフリューゲルは1:4近くになる。

また朝顔の口径もフリューゲルはトランペットより大きい。したがって

その円錐形もより長く直径が大きいものになる訳である。こうした要因

が物理的にフリューゲル独特の音色を作る。さらにマウスピースも実は

内腔の形に違いがある。トランペットは浅い鍋型、これは明るく倍音

豊かな音になる。フリューゲルのものはそれより深い鍋型、グラスの形

ともいわれる。ワイングラスですね。これが音を柔らかくする。因みに

フレンチホルンのは内腔が漏斗型です。これはもっと暗めの穏やかな音

になる。

 

 という具合に、近いようでいて結構遠い間柄なのがこの二つの楽器。

だから簡単に持ち替え楽器と言うけれどその都度異なった音響特性から

来る奏法の微妙な調整を要することになる。世の人はともすると金管

楽器を御しやすいと思いがちであるが、ラッパ吹きの面々は相当に苦労

を重ねているのである。何しろ自前の唇、リップが発音リードになるの

であるからそのコントロールは厳しい。音を出しているのはリップなの

でありマウスピースはそれを楽器に伝えるメディア。あれは押し付けて

鳴らすのではないということのようだ。

 

 さてそのフリューゲルホーンの音色をこれ以上はないというほどに磨

き抜かれたものにしてみせたのがロシア出身のSergei Nakariakovである。

これはもう次元が違うとしか言いようのない超絶技巧でトランペットの

概念を変えた若者であった。モーリス・アンドレ他これまでも名人は数

多くいたがこの坊やは(なにしろ10歳でデビュー)もう別でした。

完璧なテクニックとリップコントロール、しかも実に自然な呼吸のまま

楽々と吹いてけろりとしている。循環呼吸も駆使して「なんでも」吹く。

 まずこの演奏でこのセルゲイ君の音を聴いてみてほしい。「愛の挨拶」

 
Elgar- Salut d´amour - Sergei Nakariakov

 これはライブ映像で「夢のあとに」。


Sergei Nakariakov.G.Faure-Apres un reve.

  こうしてあれこれ聴きまわっていたのだが、ベニスの謝肉祭やらカルメン

変奏曲やら「すげーなー」と言ってるうちに、ついにこれに行き当たった。

たまげました。2002年、まさにこの人のために作られた曲。悪魔か鬼の

ようなテクニックを劈頭から要求される。しかもそれは容赦なく最終音まで

続く。全力疾走で100キロ走るような曲です。当然、循環呼吸は常に必要

となりいったいこの人の呼吸機能はどうなっているのかと思わせます。曲は

敢えて言えばセルゲイ・ナカリャコフへの挑戦状というもので音楽的な面で

の心への浸透がどうかと言った面では聴く人それぞれによるでしょう。共演

のオーケストラは香港小交響楽団。この演奏も大したものです。日本人楽団

員もパートの首席などでいるようで頼もしい。各楽器が獅子奮迅の活躍です。

見ていると管楽器の連中、指を折って休みの小節を数えている姿が見えたり

するのがリアルでよろしい。2019年2月のコンサートのライブでした。

まさに息を呑むとはこのことか、といった演奏です。いざ尋常に勝負。


Jörg Widmann: ad absurdum – Concerto for Trumpet & Small Orchestra (2002) (Hong Kong première)