チューバはエライ

 楽器の変遷を見るとよくもまあこんなに様々なものを作り出してきた

ものだなあと思う。とりわけ低音域楽器をより低く、の探求の頑張りっ

ぷりには驚きさえ覚える。高い音の方にとは違ったなんらかの思い入れ

が人間にはあったのか、あるいは今もあるのか、そんなことを思う。

 人間を取り巻く自然界で発せられる低音というのは大体が災いを連れ

てきたり不安を掻き立てたりする。洞窟に吹き込む風が内部で共鳴して

起こす不気味な唸り、噴火に伴う揺れと地鳴り、大型動物の群れがのし

歩く地響き、雷鳴と稲妻の巨大な衝撃等、こうした低音のエネルギーは

人間の魂を不安と畏怖で揺さぶってやまない。現代人とて変わりはない。

 

 目を転じて音楽の場面での低音の立場を見ると、その扱いの様子には

何か共通のイメージというか象徴性がありそうだ。一言で言えば強靭さ

さを表すものと。音の象徴性というのは、それ自体が少々捉えることが

難しいものであるし、またその捉え難さ自体が、音あるいは音楽の本質

でもあろうからあまり無責任なことを言うのはやめておきますが。

 でも、低音の魅力ってのはその深々とした存在感の「重み」にあるの

でなかろうかということくらいはご同意いただけるのではないか。

 まあ簡単に言うと「頼もしさ」でしょう。巨樹に寄せる思いに似て。

 

 などと適当な考察まがいのことは置いときましょう。数ある低音楽器

の中で注目したいのがチューバだというのが今日のお話であります。

 吹奏楽では結構何台も並んでいたりするから金管楽器群のシリーズで

納得感があるけれどオーケストラとなるとそうはいかない。大体使われ

ているのが後期ロマン派以降の曲だし、初めてスコアにチューバを書き

入れたのがワグナーだといった具合だからオーケストラの楽器の中では

遅い登場だ。大きな新入生である。奏者も大抵は一人しかいない。就職

口としては超絶的に狭き門である。入団するとずっといるからその方が

辞めるまで空きはない!とこういう訳である。チューバ奏者にとっては

いつでも就職氷河期である。せっかくチューバに魅せられて修行しても

活躍の場はなかなか・・・という具合であるので、昨今はアンサンブル

活動を低音仲間でやったりソロでやったりと巨大な楽器を抱えながらも

フットワーク軽く生きるのである。お相撲さんのよう。ああ見えて意外

なほどスピードがあるのもおんなじ。

 例えばこんな芸当、チャールダーシュという曲があるのだが、様々な

楽器で名人芸を披露するのによく演奏されるもの、それを見事に吹いて

のける。トロンボーンと掛け合いです。


V. Monti - Csardas - trombone tuba

 腕前もさることながら楽しんでる様子がなんかいいなと思いますね。

 このように意外なほどに音をころころ転がせる楽器なんですが、この

楽器の醍醐味はやはりオーケストラの中で発揮されるクライマックスで

の全楽器のフォルテッシモをすべて引き受けて、どっしりと支えるその

重厚かつ顔まっかっかの役割にあるのは間違いない。ただし、その場面

に至るまでが長い。ひな壇の一番上で楽器を侍のように脇に据え、腕組

みして最終楽章のそれも第三コーナー回ってホームストレッチという所

までじっと待つ。その忍耐の美徳と、その間溜めに溜めたエネルギーを

一気に噴火させる排気量のでかさは見事なものである。

 しかしそれはお馴染みの姿であるので今日はチューバコンチェルトと

いうことでステージ前面に出てきてもらいましょう。ヴォーン・ウイリ

アムスの名曲です。二楽章いいなあ。この楽器の併せ持つロマンチック

な一面が味わえる。吹いてる人もなんかチューバだね。


Concerto for Bass Tuba- Ralph Vaughan Williams (New Jersey Symphony Orchestra)

 さてこのチューバという楽器、どうやって作られるのか。これが知り

たいと思っておりましたが、製造過程の動画がありました。ミラフォン

というドイツのメーカー。チューバの名器を生み出す世界のメーカーが

いろいろある中の一つであります。ルーツはチェコで、戦後のドイツに

職人勢が移り住んで築き上げた、先の大戦と東西冷戦がらみのドラマを

背景に持つという会社であります。ミラフォンのHPに行くと会社の歴史

が載っているので見られたし。

 チューバの、この図体の大きな楽器がいかに技術の粋を尽くして作ら

れるか、この動画は実に誇りを込めて丹念に描いております。ブラスの

板の裁断、接ぎ、展ばし、ロウ付け、はんだ付け、切削、しぼり、研磨、

メッキ、ピストン・ロータリーバルブの製作調整、と実に多岐にわたる

技術を要する製造の現場を見ることができてワタクシなどは改めて尊敬

の念を強くしたのでした。何よりもなんと美しい・・です。楽器は種類

を問わず皆それぞれの美を持っていて見ていて飽きないのですが、この

金属によって造形されたチューバもまたこの上ない品位の高さと堂々と

した佇まいで一種の尊厳を感じさせてくれるではありませぬか。

 そのうえで「舞台裏で」としたタイトルも渋いです。


Miraphone - Hinter den Kulissen