「Embraceable You」

 ガーシュインの続きであります。またしても、と言うなかれ。ガーシュイン兄弟の作りだした歌はどれも傑作ばかり。メロディ構成の巧みさ、コード進行の工夫と冴え、ありきたりのものは一曲としてない。アメリカ音楽のスタイルを切り開いて行くコンサート・ミュージックの創作と並行して、休むことなく歌を書き続けるジョージの独創性とエネルギーには驚嘆するほかない。1920年代後半から34年までに、全曲を引き受けたミュージカル・レヴューは25本にのぼり、ほかにロンドン上演の5本のためにも作曲している。その大部分が兄アイラと組んだものだ。歌の成功は、アイラの詞が引きだすジョージのメロディ、その両者が産む豊かなイメージの賜物であると言えるだろう。

 

 「Embraceable You」 もアイラの詞による。これぞバラードというべき逸品である。1928年の上演延期となったミュージカル『East is West』のために用意したものが1930年の『Girl Crazy』で生きた。その関係で1930年作品ということになっている。このミュージカルから世に出た曲は、他に「But Not For Me」「I Got Rhythm」など。いずれもスタンダードナンバーとして演奏され続けている。なお、この年にヒットしたガーシュイン作品には「The  Man  I Love」の入っている『Strike Up the Band』もあるが、こちらは上演回数191回。一方、『Girl Crazy』はそれを上回る272回を記録している。その初演の舞台で歌ったのがジンジャー・ロジャース。後にフレッドアステアとのコンビで数々の名ダンスシーンを残すことになるのだが、この時はまだ18・9歳のハイティーンであった。

 そして、オーケストラ・ピットに入って伴奏していたのがレッド・ニコルズとファイブペニーズ。メンバーにベニー・グッドマングレン・ミラージーン・クルーパーなどがいたのだから、今思えば後の大物が束になって出演していたということになる。豪華絢爛、豊穣の極みである。が、時代は1930年、なんとあの大恐慌の翌年にこうなのである。ブロードウエイのショウ・ビジネスというもの、相当に強かだ。

 

 今度もエラ・フィッツジェラルドで。前回、可愛らしいなどと不遜なことを言ったが、この人の歌声を聴いているとどことなく晴朗さがあるではないか。切々たる恋のバラードを歌っても、やっぱり音楽は喜びであることを気付かせてくれる。こちらの心を開かせるエネルギーを感じるのだ。もちろんアップ・テンポの曲の中で聴かせるスピード感あふれるスキャットの爽快さは天下一品だし。でも、まず今日はこれでしみじみと味わい深く。

 演奏は通例どおりヴァースを省略。実はちょっと残念。ジョージの工夫がここにもあるからだ。オペラでいうならアリアにつながるレチタティーヴォなのだが、そのちょうどつなぎ目、楽譜を見ると「Lady,listen to the rhythm of my heartbeat, and you'll get just what I mean.」となっている歌詞に付けたメロディが、おんなじ高さの音で胸の鼓動を表すようにリズムだけを刻んでいるように見えるのだ。トクトクトクトク・トックーン・トックントックンという具合に。モーツアルトみたいに遊んでいる。 

 

  

 Embrace me, my sweet embraceable you
 Embrace me, you irreplaceable you

 Just one look at you
 My heart grew tipsy in me
 You and you alone
 Bring out the Gypsy in me

 I love all the many charms about you
 Above all, I want my arms about you

 Don't be a naughty baby
 Come to mama, come to mama do
 My sweet embraceable you

 I love all the many charms about you
 Above all, I want my arms about you

 Don't be a naughty baby
 Come to mama, come to mama do
 My sweet embraceable you