Everything Happens To Me

 「Everything Happens To Me」をバリー・ハリスが弾いている。始まりを聴くとちょっとびっくり。あれ?とも思うのではないか。拍子があるのかないのか、ポツリポツリ、あっち行ったり、低音をでんっと鳴らしたり、たりらりらりと転がしてみたりの探り弾きみたいなソロ部分があって、やがてサビの入りからベースとドラムスが入ってトリオになる。合わせにくいのかと思えばそうでもなさそうだし3人して悠然たるものである。このときバリー・ハリス75歳。もはや、ピアノがワレかワレがピアノかの境地と見える。言わば「色即是空」のピアノで彼岸に遊ぶよう。バド・パウエル以来のバップ・ピアノの正統を継ぐものと言われて別格の存在となっている。とは言っても本人はひたすら自分の音楽の在りようを追究しているのだし、バップの理論をまとめ上げそれを伝えようと献身している。ニューヨーク・スタイルとも呼ばれる独自の体系は、世界中でのワークショップの実践を通じて広がっているようだ。

 この曲はメロディの面白さからチャーリー・パーカー始め多くのミュージシャンに取り上げられているが、もとはトミー・ドーシー楽団のピアニストだったマット・デニスが書いた曲。自分で弾き語りした洒落た盤もある。初録音は1940年、楽団専属歌手のフランク・シナトラが歌った。シナトラこのとき25歳。若く甘い歌声でさぞかし全米の女性をくらくらさせたことでありましょう。歌の中身は、振られ男のぼやきのようなもので「なーんもいいことねーなあオレ」というのがタイトルの心か。ゴルフに行こうと思えばきっと雨になるしパーティをやろうとすれば上の部屋からうるせーぞと文句が来る。麻疹にもかかったしお多福カゼにもやられた、カゼはしょっちゅう引くし汽車(時代です)にも遅れる。オレの人生こんなものなのか。と己の不運をかこつのだが、そんなオレでもたった一度の恋をした。君だけを君だけをと恋い焦がれ電報やら電話やらエアメイルで口説いたのに(遠距離恋愛ですかね)、返事のお手紙はただ「Good-by」。しかも郵便料金こっち払いと。「オレってかなり可哀想でないかい」という歌でした。

 ふざけた歌詞に反して、ミュージシャン達はこのメロディやコードを味わってマジメに演奏しております。きっと気持ちのいい曲なのでしょう。バリー・ハリスの演奏と、まだマフィアとの深みにはまらない頃のシナトラが歌うオリジナルを並べて聴くのも一興。なお。シナトラはこの楽団を足がかりにスター街道を歩みだすのだが、リーダーのトミー・ドーシーにピストル突き付けて「オレを出せ」と脅したのがきっかけだという伝説がある。すごいね。

 おしまいはデューク・ジョーダンの心やすまる演奏で。これだと何かいいことありそうな・・・です。